《 皆神山の伝説に迫る 3 》
対となっている諏訪大社。
ここで、心を込めて感謝を捧げて拝みますと、強烈な「結界」で内臓臓器まで歪んでいたのが、全身全ての歪みから解放されます。
つまりーーー
諏訪大社で並んだ左側の社(祠)では、いくら拝もうが何をしようが、完全に全身が浄化されていまい、歪みが出ます。
過敏な方なら、かなりのダメージを受けるかもしれません。
ですが、右側の社(祠)では、ただ通り過ぎると「結界」の影響から解放されませんが、心から感謝して参拝することで、正常な体軸に戻ることができます。
このようにセットされている「結界」は、他のパワースポットでは記憶にありません(気づかなかっただけかもしれませんが・・・・)。
この直ぐ隣にーーー不可思議な碑文があります。
「天地かゴメノ之宮建立由来」
「昭和49年一月23日 旧暦一月元旦
国常立大神お立ち上りの神示あり
諏訪大神より 二月五日節分より信州神業に発てと 神示を受け、二月六日大雪の聖山神社へと向う。
「皆神山へ行け、元の元の大元の大神様のお立ち上りと成りた。コトの大事の秘められし、その頂上なるの神のご出現じゃ。」と神示あり。
ついで戸隠中社に於いて「この信洲、神の洲と書いて、神洲と読むことを知っているか、皆神山へ参れよ。」と神示を受け、
翌二月七日積雪の皆神山に初登山をする。
皆神山神前にて午前十時入神状態となる。大勢の神々参集されたなか、神業は新しい大神様地上神界天降りを出産の型で示され、
戴冠式の形となり全ての神儀終りは正午、この皆神山は古代より地球上において、神界で選ばれた唯一の聖地であり、宮も又同じなり。
天地カゴメ之宮は、上に元津御祖大神、また、ヒマラヤから国常立大神の元津神霊を宮の御大将と迎え、
平成元年十月十日 天地カゴメの宮斉仕 神宮 一二三』
この碑文を建立した「天地カゴメの宮斉仕 神宮 一二三」とは、どういった人物なのか。
ネットで調べると、立川の祈祷師であるという。
この出速雄神社の修復にも尽力されたとあります。
ただ・・・気になるのは
昔から、日本人とユダヤ人のルーツは同じで、「日猶同祖論」があります。
いつか機会があれば、この点に踏み込んでみたいと思います。
もうひとつ、「カゴメ」とは何か、ということです。
「かごめかごめ・・・」とは、昔から様々な解釈がされてきました。
数十通りの解釈があると思われます。
ここを通過すると、「熊野出速雄神社」の御社殿になります。
御社殿です。
【御神徳・御社殿】
主祭神である出速雄命(いずはやおのみこと)は、当地方開拓の祖神として天下の泰平と五穀豊穣をもたらす神として崇敬されています。
現在の御社殿は、慶応元年(1389)の再建と伝えられ、この地方では最古の建造物といわれています。
撞木造とする古い修験道の建築に認められる特徴が残っている、とされています。
御社殿の内部です。
特に高波動なものではありません。
ですがーーー
高次元にセットすると、かなり反応がかわります。
通常では、ほとんど看過してしまいます。
高次元にセットしないと、主祭神である「出速雄命(いずはやおのみこと)」は感知できません。
この画像は、高次元にセットしています。
これでーーー主祭神が出現します。
この違いが、お判りいただけると思います。
ヒムロビャクシンということで、樹齢が、およそ1200年にもなるとされています。
この先に、またしても強烈な「結界」が出現します。
国造りの協力神で、医薬、温泉、禁厭(まじない)、酒造、知識、石の神など 多様な性質を持つとされます。
ここでは、男性も女性も、内臓器官に至るまで、その全てが歪みます。
徹底的に、浄化されます。
恐らく、気が付かない方が多いと思いますが、過敏な方は、後からダメージが来て、苦しむことになるかもしれません。
ただし、誠心誠意をもって、深くこの社に「感謝を捧げます」とーーー
スーっと、身体の歪みが取れていきます。
ここで、身体に溜め込んだ「邪気」などの マイナス波動を保持したままで、この先に進みますとーーー
「皆神神社」いや「皆神山」の神髄に触れることはできないかもしれません。
ですから、この2つ目の身体全体の浄化・浄霊を行ってくれるエリアを、何も考えずに通過すると、「特に何もないところだった・・・・」という印象しか残らないかもしれません。
このように、「女人結界」があって、「男人結界」があり、さらに身体全体が浄化・浄霊される2か所を持つ聖地というのは、私にとっては初めてであり、驚きに値するところでした。
このエリアを通過して、皆神神社の「最終目的地」と思われる「富士浅間神社」へと続く途を進みます。
途中に、出口王仁三郎の歌碑があります。
この歌碑には、次のように書かれています。
「地質学上 世界の中心山脈の 十字形せる 珍の神山 天霊の聖地に些(さ)しも 違わざる 尊き神山 皆神の山」 出口王仁三郎
我が国を代表する 稀代の大霊能者である出口王仁三郎は、幾度も霊界に飛んで、様々な事象を見てきたといわれています。
「富士山は、太古は『天教山』と言われた超高層の山岳で、今の山頂あたりは、当時の三合目あたりであった、といいます。
さらに、琵琶湖は 富士山(天教山)が陥落するときに生じた「亀裂」からうまれたもの、といいます。
仏教でいうところの『須弥山』とは、この富士山(天教山)を指すものであったといいます。
そして、皆神山は『地教山』と言って、世界の中心をなす山とされていたといいます。
太平洋戦争の末期に、軍部は皇室を「皆神山」に移す計画を立てたというのは、世界の中心であり、かって日本が世界を統帥するものであり、
この皆神山は、その基地の中心地であったという見解があるからかもしれません。
これについては、皆神神社の駐車場にある案内板にも表記されています。
多くの方は、目を疑うような内容ですが、以下そのまま紹介しておきます。
『世界最大で最古の皆神山ピラミッド』
皆神山の造山方法は、エジプトのピラミッドのように人の労力ではなく 初歩的な
重力制御法(部分的な干渉波動の抑圧)により、当時長野盆地が遊水湖沼(最後のウルム氷河期の終末期で、東・南信の氷解水いよる。)となっており、
その岸のゴロタ石等堆積土砂石を浮遊させ、空間移動させるといったダイナミックな方法でした(従って、現在でも皆神山山塊だけが非常に軽くて負の重力異常塊となっています。)。
この皆神山の盛土的山塊が、自重により不均衡凝縮=ねじれ摩擦現象=起電=電流発生といったダイナモ機能山塊となり、電磁波が生じ、この磁力と重力制御(反重力)により、物体(電磁反発飛昇体)が、垂直に離着陸するようになったのです。
古文書に出てくる『天の羅摩船(アマノカカミブネ)』等が、この飛行体です。
『謎の皆神山ピラミッド物語』
皆神山は、古い古墳時代や弥生時代 更に遡って縄文時代やエジプト・インダス・黄河・シュメール各文明よりはずっと古い、今から2~3万年前(浅間山、焼岳ができたころ。飯綱・妙高・富士は約9万年前)の超太古ともいうべき遠い旧石器の時代に造られました(人口造山=ピラミッド、ピラミッドはギリシャ語で三角形のパンの意)。
では、何のために造ったかというと、墳墓ではなく、地球上の各地や、宇宙空間への航行基地として造られたのです。
『皆神山ピラミッドの祭神は 知力・体力の神』
超太古の宇宙航行基地である皆神山の祭神は、従って高度の知的能力集団で、みんな宇宙航行や宇宙基地に関係する次の四神です。
・熊野出速雄命(クマノイズハヤオノミコト)
宇宙船「天の羅摩船」等の航行の技術・管理を引き継いだ最後の集団で、北辰地方の開拓祖神
・少名毘古那神(スクナヒコナノカミ)
・泉津事解男神(ヨモツコトサカノカミ)
皆神山航行基地をはじめ全宇宙基地を管理した集団
・泉玉男神(ハヤタマオノカミ)
地球周回軌道の人工衛星(宇宙航行の中継基地)の技術者集団
このように皆神山は、神々が活躍した基地であり、宇宙船で現れたり 姿を消したりしたので、自然人たちは神聖な山=高天原(タカマガハラ)として崇め、後世に伝えたものです。
このように書かれています。
にわかには信じられないような内容ですが、参考までに載せました。
そして、この先の頂にある富士浅間神社を目指しました。
ここから先で、我々は 強烈な体験をすることになりました。
つづく
2019年6月15日記