《 出羽三山を巡る旅 6 》
大日坊には、まだまだ興味深い仏像が多数あります。
それを見ていきます。
「子安地蔵菩薩」
この子安地蔵菩薩は、子宝に恵まれない人々に尊崇されています。
春日局も将軍家御世継ぎを、ここで祈願されました。
そして、四代将軍家綱が授かり多くの方から信仰を受けました。
3代将軍となった徳川家光の乳母となり、次期将軍候補の争いに打ち勝ち、家光を将軍にさせた春日局は、男色だった家光に、幾人もの女性を当てがい、6人の跡継ぎを残させました。
本寺は、子宝寺ともいわれているようです。
この画像で判るように、赤子の人形が多数奉納されています。
「赤ちゃん」を授かるようにとの思いを込めて、人形を置いていったのだと思います。
「地蔵菩薩」です。
地蔵菩薩とは、釈尊が入滅してから56億7千万年後に弥勒菩薩が現れるまで、衆生を救うことを依頼された菩薩です。
「お地蔵さん」と云われる道祖神の神ですが、本体は日本の国土を造り上げた「国常立大神(くにとこたちのおおかみ)」です。
この「地蔵菩薩」を「国常立大神」として視ますと、俄然波動が上昇します。
「地蔵菩薩」では反応しなくなり、「国常立大神(くにとこたちのおおかみ)」として、高波動の菩薩として反応します。
両部とも「生きています」。
密教の最高神ですから、ありがたいので、ただただ感謝の意を捧げました。
「愛染明王」です。
本来の「愛染明王」は、一面六臂の忿怒相であり、頭には獅子の冠をかぶり、宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐で座ります。
その身色は真紅であり、後背に日輪を背負って表現されることが多いですが、顔は忿怒相ではありません。 優しい顔つきです。
愛染明王は、「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏として古くから信仰されています。
また、「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護仏としても信仰されています。
さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっています。
さらに会津藩の直江兼続は、自分の兜に「愛」の文字を付けました。
それは軍神としての愛染明王への信仰から来たのもでした。
「大黒天」です。生きています。
寺院の「守護」「豊穣」を司る神です。
印度から中国を経て伝わった神で、我が国では、「財福の神」としても信仰されています。
七福神の一つでもあります。
真ん中の「虚空蔵菩薩」も生きています。
右側の「七ヶ瀬不動明王」も、邪気を払いますと「生きています」。
この「波分不動明王」も生きています。
立位像で、このような「倶利加羅剣(くりからけん)」を持つ姿は珍しいです。
その昔、弘法大師空海が唐に渡る際に暴風雨に合ったとき、「波分不動明王」が現れて救ってくれたことから、「波分不動明王」と云われています。
「不動明王」が持つ剣は、仏教の根本的な煩悩とされる「貪(とん)」「瞋(しん)」「癡(ち)」の三毒を打ち破るものです。
共に仏教の守護神です。
「縁結び」の効験があり、男女の縁結びとして、古くから信仰されています。
右は「閻魔大王」です。
これと同じ像を、鎌倉の「円応寺」で観ました。
その「円応寺」では、「閻魔大王」を中心にして、死後に出会うことになる十王の像を祀っています。
その「閻魔大王」像に、ホントによく似ているのです。
画像が、ブレています。
画像がブレるときは、「超高波動のとき」か、「邪気の影響」を受けているときです。
このときは、仏像に溜まった邪気が出てきて、影響されるので、全て祓って撮りました。下記のものです。
「変化百体観音」と・・・思われます。
あまり覚えていないのです。
少しは、正常に撮れたものです。
「千手観世音菩薩」です。
「生きています」
千手観音は、「千」の手を持つとされていて、それぞれの「手の掌」には「目」がついていて、全ての衆生を漏らさずに救済する観音菩薩です。
この観音菩薩は、慈悲の力の広大さを表しています。
この「千手観世音菩薩」像には、頭の上にも多くの菩薩の頭部が載っていますので、「十一面観音菩薩」と複合しているように見えます。
つまり、正確には「十一面千手観音菩薩」となるようです。
試しました。すると―――
オン・バザラ・タマラ・キリク・ソワカの千手観音菩薩の真言にも
オン・ロケイジンバラ・キリク・ソワカの十一面観音菩薩の真言にも反応を示します。
そして―――いよいよ「即身仏」が公開されます。
当然ですが・・・・撮影は禁止です。
とはいっても・・・私には、ブログを書いて、多くの方々に発信するという自分勝手な「使命」があると、自分で勝手に思っています。
そこで・・・密かに隠し持ったカメラで撮影したものが、次のものです。
公開された「即身仏」です。
96歳で「即身仏」となられました。
1786年(天明6年)のことです。
なぜ、「即身仏」となるのか・・・というと―――
飢餓や病に苦しむ人が多くいたその昔、人々の苦しみを代わりに引き受け、世の中の平穏を祈るために、僧侶が命と引き換えに仏となった姿を晒して、自らの命を捧げたのが即身仏です。
過酷な修行を積むことで自身の体をミイラ化し、その結果 現代もそのままの姿で残っているのです。
どのようにして、「即身仏」となるのか―――想像を絶する凄まじさです。
まず、十穀断ちで、身体から全ての脂肪分や水分をそぎ落としていきます。
さらに余分なものを身体から出すために、塩と水だけを摂って、47日間の断食をしました。
ここまででも、大変な覚悟を持っていなければ達成することは困難ですが、
さらに、死後の死体から内臓が腐敗して、虫が湧くのを避けるために、人体には毒となる漆(うるし)の樹液を飲んで、「土中入定(どちゅうにゅうじょう)」をします。
地下3メートルぐらいの石の室の中に入ります。
石室の中では、座禅を組みながら入れる木製の箱の中に入ります。
石室の中は、箱を囲んで、木炭でビッシリと埋め尽くされています。
これにより、湿気を避ける効果があります。
この中に入って、入定した僧侶(真如海上人)は、ひたすらお経を読み続けます。
石室には、地上に2本の節をくり抜いた竹筒が通してあります。
これにより酸素の供給が確保されています。
毎日、弟子の僧侶が決まった時間に鈴を鳴らします。
入定した僧侶(真如海上人)は、それに対して鈴を鳴らします。
こうして「まだ生きている」という合図となり、これを続けます。
土中からのこの反応がなくなると、弟子は「師が成仏したことを知る」ことになります。
その後、竹の筒を抜いて、石室を密閉します。
こうして、3年3カ月後に掘り起こすと、ミイラ化した「即身仏」が現れます。
こうしてミイラ化していた者だけが、「即身仏」として祀られるのです・
幾人もの「即身仏」が湯殿山エリアには残されていますが、ミイラ化せずに朽ち果ててしまう行者も中には存在したようです。
その場合には、「無縁仏」として埋葬したと伝わります。
ミイラというと、古代エジプトの「ミイラ」と、「ミイラ化した即身仏」とは、どう違うのか―――となりますが、明確に違います。
古代エジプトの「ミイラ」とは、体内に残すと腐敗する脳や内臓を取り除きます。これが、いわゆる「ミイラ」です。
しかし、「即身仏」は、五穀を断ち、自らの「脳」や「内臓」などを腐敗することを防ぐために、内臓や組織が腐らないないように残しました。
しかも、自分の意志で行者自身がすべての組織が腐敗しないために漆(うるし)を飲み、腐ることのない「ミイラ化」となって、人々の苦しみを代わりに引き受け、世の中の平穏を祈るために、行者自らの命を捧げたのが即身仏です。
古代エジプトの「ミイラ」は、他者が腐らないように防腐処理をしたものですが、「即身仏」は行者が自分自身で身体が腐らないように、自分の意志で「ミイラ化」したものなのです。
96歳で「即身仏」となった真如海上人は、公開されていますが、超過敏なゾネスは、「即身仏の真如海上人」と繋がってしまいました。
そのために・・・・何かあると、直ぐに「即身仏の真如海上人」が出て来るので、しばらくの間、このことで頭を悩ませていました。
画像「即身仏」
すぐに「即身仏」の姿が浮かび上がってきて・・・・大変だったようです。
なぜ、そうなるのか? 検証してみました。
すると、不思議なのですが―――
この「即身仏の真如海上人」と眉間で繋がると、体軸の崩れている、つまり身体が歪んでる人は、一瞬で正常化します。
上野の科学博物館にある「ミイラ」は、子供のころからよく行っていましたので、何度も目にしています。
また、エジプトのカイロにある博物館のミイラや大英博物館のミイラなども見ていますが、そのすべてのミイラは、多くの人が見ると「軸がブレて、身体が歪む」反応を示します。
しかし―――「即身仏のミイラ」は、人の身体の歪みを取り去り、身体を整えてくれます。
つまり、「整体」などの仕事に関わってる方は、この「即身仏」は―――
人の身体を整えてくれるお手伝いをしてくれるのです。
人々の苦しみを代わりに引き受け、世の中の平穏を祈るために、行者自らの命を捧げた「即身仏」の有難さが理解できるのです。感謝感謝
大日坊の寺院の外に出ました。
そこには、7体の「地蔵菩薩像」がありました。
ここには
風車があり、「恐山」の地獄の風景を思い起こさせてくれました。
真ん中の「地蔵菩薩」だけは、「国常立大神(くにとこたちのおおかみ)」と繋がります。
これは、「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天」の六道を示しています。
「六道」に救いの手を差し伸べる中心に据えられた「地蔵菩薩」は、多くの人々を救ってくれます。
全ての人が「極楽浄土」に行けるわけではありません。
生前に犯した様々な行為によって、「六道」への途が別れるといわれています。
生きている間の行い、良いことや悪いことの報い、つまり「業(ごう)」に依って次の世に生まれ変わると言われています。
それが仏教の説く「六道輪廻(ろくどうりんね)」です。
永久に続くと思われるほど程長い時間苦しみを受け続ける「地獄道」。
常に飢え、渇き、他人を蹴落とし決して満たされないままの「餓鬼道」。
弱肉強食、或いは人に使われ続ける「畜生道」。
出会う者同士が殺し続ける「修羅道」。
そして現在私たちが存在している「人間道」。
人間よりも優れ、寿命も非常に長いし空も飛べるが、煩悩が無いわけではない「天道」。
こういった道(六道)に分かれていくと云われています。
人が亡くなってから四十九日の間に七度裁判にかけられ、閻魔様や仏様達によって裁かれ、生前の行い、罪の軽重、積徳の多少、遺族による法要の模様等々吟味されて、次の行き場所を与えられるのです。
ちなみに、「地獄道」と「天道」とでは、それを救うために仏の威力も違うので、最も威力のある「地獄道」に対応される尊像を、上座(右側―対面からみると左側)に奉安しています。
後は順次左側へ向かって並んでおられます。
このことは、本ブログ「恐山」のときに紹介したときと同じです。
入口にある6体の地蔵像では、向かって左側(上座)の「地蔵像」が高波動でした。
このことを考えてみても・・・・仏教の説く「六道輪廻(ろくどうりんね)」が、私には現実味を帯びて目の前に展開されていました。
しばらくの間、この7体の地蔵菩薩の前で手を合わせていました。
つづく
2023年1月17日記