生命体エナジー浄化の会ブログ

「生命体エナジー浄化の会」というホームページのブログです。

未来エステ研鑽会Aコースの開催について 9月11日

未来エス研鑽会Aコースの開催について

日本未来エス協会の開催による研鑽会を下記のように開催します。
先着20名様です。
 
参加の意思は「メール」でお知らせください。
 
2022年9月11日(日) (Aコース) 
13時から16時(時間は延長する可能性があります)
 
参加費: 各コースの初回参加費は18,000円(大光明神液進呈)
            各コースの2回目以降は 10,000円です。
 
メールの宛先は「生命体エナジー浄化の会」の「ホームページ」をご覧下さい。
 
 

メールは、これです。 hc-lab@nifty.com

 
お申し込みを お待ちしております。

箱根深澤銭洗い弁財天と江の島神社の探索 その3

《 箱根深澤銭洗弁財天と江島神社の探索 その3 》

江島神社その2

 

 三女神を祀る江島神社に入り、「辺津宮(へつみや)」と「中津宮(なかつみや)」と回りました。

まだ、高波動のパワースポットには行き当たりません。

 

いよいよ「奥津宮(おくつみや)」を目指します。

 

「亀石(亀甲石)」とあります。

 

 



ここに「亀石(亀甲石)」があります。

 

この木は、元は御神木であったようです。

落雷か台風で倒れたのが、まだ地中の根は生きていて、幹から何本もの枝が育っています。

 

この「枝」の波動は良好です。

「亀石(亀甲石)」です。

 

見た目には、何の変哲もない「石」ですが、この石に触れると、身体がチャージできるようです。

 

指先を「亀石(亀甲石)」に触れると、特に身体が歪んで生体エナジーが低下している方は、身体にエナジーが流れ込んできてチャージができるようです。

 

この「亀石(亀甲石)」にパワーがあるとうよりは、ここのエリアのパワーが高いので、その大地のエナジーを、この「亀石(亀甲石)」を通して入るようです。

 

ここのエリアは高波動なので、この木も多くの枝が、幹から生えてきているのだと、納得しました。

「力石」です。

 

ここには

「江戸時代に日本一の力持と言われた卯之助(岩槻藩)が当神社に奉納したもの」

です。

 

重さは八十貫(320キロ)もあります。

石には「岩槻卯之助持之八十貫」と刻まれています。

 

バーベルと違って、持ちづらいし、デッド・リフトであっても、八十貫(320キロ)はほぼできる人はいないと思います。

これは大変な記録であると思います。

 

昔、神社へ奉納する83キロの力石を頭上に持ち上げている画像を見たことがあります。

持ちづらいですし、簡単に挙上出来る人は普通にはおりません。

 

西洋人は、力技が好きなようです。

昔から酒を飲みながら、互いに力比べをすることが多かったようで、大昔ミュンヘンのビールのホールに行ったときに、

その奥にはバーベルやダンベルが転がっている舞台があり、そこで観衆の声援を受けながら力自慢の比べ合いをしたようです。

 

日本では、それが神社という神聖な場所で、力技を披露して奉納するという背景の違いを感じました。

これが重さは八十貫(320キロ)の「力石」です。

この重さでは、鍛えている方でも、せいぜい石をズラせる程度だと思います。

 

これを―――下から持ち上げた(デッドリフト)のは、異常な人物だと思います。

「日本一の力持ち」と云われたのは当然だと思われます。

 

「奥津宮(おくつのみや)」の案内標識があります。

 

 

これが、「奥津宮(おくつのみや)」です。

 

海を守る神である「多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)」が祀られています。

 

ここにきて、ようやく高波動の「社に」接見できました。

中には入れません。

横から撮っています。

 

「多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)」のエナジーは感知しませんが、

龍神系の波動が、ビシビシと伝わってきます。

 

「水龍」の波動を感知します。

さらに、「白龍」の波動も感知します。

 

この「奥津宮(おくつのみや)」のとなりにあるのが、「龍宮(わだつみのみや)」です。

ここが今回の最大のパワースポットです。

案内板には、

「龍宮(わだつみのみや) 御祭神 龍神」とあります。

その説明文には―――

 

江の島は湧出以来龍の棲む所といわれ 古来より龍神は弁財天信仰と習合し、密接な結びつきから江島縁起をはじめ多くの伝説が残っている。

太平記」には云々・・・・「足利治乱記」には云々・・・とあります。

 

そして―――当社発祥地たる岩窟洞窟の真上にご鎮座となった。

 

このように書かれています。

 

いよいよ、発祥地たる岩窟洞窟に行きます。

ここが、「龍宮(わだつみのみや)」です。

幟には「龍神大神」とあります。

 

ここに「水龍」と「白龍」のエナジーが反応します。

確かに・・・・龍神エナジーで、この「岩窟洞窟」は覆われています。

 

「岩窟洞窟」の上には、「龍神大神」があります。

 

この地は、この下の地下にある洞窟内の「江島神社発祥の地」からのエナジーが、沸き上がってきます。

 

「岩窟洞窟」の中です。

ここには、まさしく「水龍」と「白龍」のエナジーが反応します。

 

そのエナジーを感知しますと―――

「水龍」と繋がりますと、身体が前方に引き寄せられます。

「白龍」と繋がりますと、身体が後方に引き寄せられます。

 

この後で、我々はこの下の地下にある「江島神社発祥の地」に向かいます。

島の反対側は、隆起海蝕台(岩棚)となっています。

 

関東大震災で、島が隆起して、海蝕台が現れてきました。

浸食が著しくなると、海蝕洞が崩壊して、大きな谷状の地形となり、島を分断する地形となっています。

 

これを「山二つ」と呼び、東部を「東山」、西部を「西山」としています。

 

このあとは、下に向かいます。

快晴で、波も静かで、のどかな景色が広がっています。

 

分断された隆起海蝕台(岩棚)です。

 

 

下の海岸線に沿って通路があります。

 

 

ここから、有料の岩屋洞窟の中に入ります。

 

社伝によると―――

欽明天皇13年(552年)に、欽明天皇の勅命により、ここの洞窟に宮を建てたのが始まりと伝えられています。

 

吾妻鏡」によると、寿永元年(1182年)、源頼朝の命により、島の岩屋に弁財天を勧請したとあります。

その後、歴代の鎌倉幕府の将軍や執権、代々の領主から崇敬を受けています。

 

江戸時代には、弁財天信仰が盛んになり、多くの庶民が参詣するようになったといいます。

 

元々は、仏教系のお寺(江島寺)でしたが、明治元年廃仏毀釈で、多くの施設(三重塔)・仏像などが破壊されて、明治6年に仏式から「江島神社」に改称されています。

そのとき、僧侶は全員が神職についています。

 

 

「岩屋洞窟」の中は、このようになっています。

 

ここは海蝕洞窟で、奥行き152Mの第一岩屋です。

第二岩屋は、奥行き56Mです。

ここに龍神の伝説があります。

 

第一岩屋は、昔の子供の頃に来た時には、「ここは富士山の洞窟と繋がっている」と説明を受けた記憶がありました。

そのときには、奥行きが深く、いまだにどこまで繋がっているか判らないとされていて、「凄いものだな・・・」と思った記憶が蘇りました。

 

今でもここの洞窟は、富士山麓鳴沢氷穴と通じているとされています。

伝説によると、富士山の鳴沢氷穴に入った仁田四郎という人物が、江の島の岩屋から抜け出てきたといいます。

 

「岩屋洞窟」は、江の島の最奥部にあります。

 

弘法大師空海日蓮上人も修行したと伝わります。

江島信仰の発祥の地です。

 

ここでは、源頼朝が奥州藤原秀衡征伐を祈願したと伝わります。

 

このような洞窟を進んでいきます。

この第一岩屋洞窟に、江島神社発祥の地があります。

このようなものがあります。

 

 

「観音立像」とあります。

 

ここの波動が超強烈です。

中には入れません。

 

さすがに、これが江島神社の大元になるエリアだと思われます。

超高波動です。

 

イメージで、この立ち入ることのできない穴に入ると、末期ガンの方であっても、しばらく留まるとガン細胞が消滅するように思われます。

 

凄まじいまでの超高波動です。

ただし、

この中に留まれるのは、身体の歪んだ体調不良の方だけのようです。

 

良好な波動を保持している方は、長く留まるとその波動に耐えられずに、身体が歪むかもしれません。

オーバーストレスとなるかもしれません。

 

江島神社発祥の地」とあります。

 

超高波動なので、昔からこの地が注目されたことが理解できます。

まさに、ここが発祥の地です。

近くにいくつかの像が並べられています。

 

あまりの高波動に目を奪われて、全てが凡庸に映ります。

 

 

 

外に出て、第二岩屋に向かいます。

綺麗な海岸線を進みます。

 

こちらの第二岩屋岩窟は、イルミネーションで飾られています。

ここに龍神のオブジェがあります。

中は綺麗にイルミネーションされています。

 

この後外に出て、再び「龍宮(わだつみのみや)」の「岩窟洞窟」に向かいました。

幟には「龍神大神」と書かれている「水龍」と「白龍」のエナジーが反応するところです。

「岩窟洞窟」の背後の、最も波動の高いエリアに立ちます。

この下に、超高波動の「岩屋洞窟」の江島神社発祥の地があります。

 

この背後にある小さな祠の前で、最も波動が強烈になる方向をむいて、「天地結合の印」を結びます。

 

ゾネスは、この方向が最も高波動を取り込めます。

それに対して―――

タッキーは、逆方向に向いて立つポジションが最適となりました。

 

我々全員が、この下から湧き上がる超高波動のエナジーを身体全身に吸収して、今回の旅を締めくくりました。

 

           了

 

          2022年7月5日記

 

 

箱根深澤銭洗い弁財天と江島神社の探索 その2

《 箱根深澤銭洗弁財天と江島神社の探索 その2 》

江島神社その1

 

 箱根の「銭洗い弁財天」をお参りした後に、江の島に向かいました。

 

若いころには、よく江の島にはドライブで行っていました。

夜になると、急に横浜の「港の見える公園」に行きたくなり、第三京浜に乗り、そのまま江の島から海岸線をドライブすることが多くありました。

 

「江の島(江ノ島)」は、「日本百景」のひとつとなっています。

 

戦後、江の島は藤沢市に鎌倉と共に編入されて、観光開発地として本格化しました。

米国のマイアミ市と姉妹都市提携を結び、「東洋のマイアミビーチ」と触れ込みました。

 

その後、1964年の東京オリンピックでは、ヨットの競技会場となり、人気のピークを迎えます。

 

また、2020年(実施は2021年)の東京オリンピックセーリング会場となりますが、コロナ禍で無観客開催のため、その会場であったあということすら知らない方が多いのが実態です。

 

今の私にとっては、久々の江の島でした。

 

 

江の島が見えてきました。

周囲4キロ、標高60Mの陸繋島です。

 

記憶にある私の子供の頃は、橋があり有料でした(今は無料で渡れます)。

多くの方は、干潮時に歩いて渡っていました。

 

 

江の島に渡る橋の入り口に、このようなものがありました。

昔の江の島桟橋では、ここに有料の料金所がありました。

 

今では、立派な道路が通じています。

クルマ専用道路と、歩行者道路があります。

 

ここから商店街が始まります。

賑やかな町並みには、売店や飲食店が軒を連ねています。

 

名物の「生しらす丼」です。

生しらす」の採れる時期でしたので、名物をいただきました。

 

江島神社」の入り口です。

 

「江の島神社」では、宗像三女神を祀っています。

ここには

辺津宮(へつみや)」、「中津宮(なかつみや)」、「奥津宮(おくつみや)」の三社があって、それぞれが祀られています。

 

中に踏み込みます。



江島神社」は、「日本三大弁財天」のひとつです。

 

弁財天は、本来は仏教の「天部」のものですが、神道でも神仏習合で弁財天が取り入れられています。

 

神道での「日本三大弁財天」は、厳島神社日本三景の宮島にあります)と琵琶湖の竹生島神社と、ここの江島神社です。

 

江戸時代までは、「江島弁天」「江島明神」と呼ばれていました。

 

瑞心門です。

 

この門は、「竜宮城」を模した桜門です。

龍との縁が深く、「天女と五頭龍」の伝説があります。

 

その伝説とは―――

昔、鎌倉の深沢の湖に、5つの頭を持つ五頭龍が暴れまわっていました。

恐れた村人は、子供をいけにえに供えていたので、この地を「子死越(こしごえ)」と呼んでいました。

 

552年に、この「子死越(こしごえ)」に大地震が起きて、地震は10日間も続き、海面に島が湧き出ました。

この島に15人の童女を従えて天女が降臨すると、五頭龍は天女に一目惚れして,求婚します。

 

が、あっさりと断られたので、五頭龍は改心して、結婚することができました。

村にために奉公する時が経つと、五頭龍はどんどん衰弱していき、自分の死期が近いことを知ると、山となって村を守ることを約束して、「瀧口山」に姿を変えました。

 

この湧き出た山が「江の島」で、天女が「弁財天」だと云われています。

 

 

これは童女を従えた天女・弁財天と思われます。

 

さて、江の島は古来より「修業の地」とされてきた歴史があります。

その後、「修業の地」から「参詣地」へと変わってきました。

 

この地は、奈良時代には園の役小角(えんのおずね)が修行した地であり、平安時代には空海、円仁が修行しています。

さらに、鎌倉時代には一遍も岩窟で修業していると伝わります。

 

昔は、参詣者のための宿坊が多くあったといいます。

 

 

 

江島神社 三宮のご案内」とあります。

三宮を総称して、江島神社と称するとあります。

 

 

 

 

手水舎(ちょうずや)です。

手を洗い、口を漱ぎ、身体を整えます。

この階段を上ると、最初の宮(下の宮)があります。

 

辺津宮(へきつみや)」です。

 

御祭神は「田寸津比売命(たぎつきめのみこと)」

土御門天皇 1206年源実朝が創建したといいます。

 

「田寸津比売命(たぎつきめのみこと)」は、水の神様です。

三姉妹の三女になります。

 

残念ながら、そのエナジーは感知できません。

 

 

「泰安殿」です。

 

ここに、日本三大弁財天の「八弁財天」が祀られています。

これは勝運守護の神様で、源頼朝が奉納したと伝わります。

 

また、「妙音弁財天」の音楽・芸能の神様が祀られています。

江の島誕生の際に、天女が従えたという「十五童子」も祀られています。

有料ですので、我々は黙殺しました。

 

中の波動を感知して、拝観料を払ってまで見るものではない、と判断したからです。

 

 

「泰安殿」の弁天堂拝観料は200円です。

ご興味ある方は、どうぞ!

 

「八坂神社」です。

辺津宮(へきつみや)」にあります。

 

建速須佐之男命(たけはやすのみこと)」が祀られています。

江戸時代に「天王社」として祀られて、明治6年に「八坂神社」に改称されて、今は改築されています。

 

御神体は、「建速須佐之男命(たけはやすのみこと)」の木像です。

元は対岸に祀られていましたが、大波で流されて、この御神体を漁師が拾いあげて、ここに祀ったようです。

 

建速須佐之男命(たけはやすのみこと)」のエナジーは感知されません。

この社は、ほとんど注目もされていないようです。

 

せめて、そのご神体の木像が彫られて、魂入れをされた当時の状態にセットしておきます。

これで―――ここの波動が上がりました。

 

 

中津宮(なかつみや)」への案内がありました。

 

 

中津宮(なかつみや)」です。

 

三姉妹の次女になる「市寸島比命(いちしまひめのみこと)」をお祀りしています。

 

芸道上達の徳を持つ神様です。

美人祈願でも有名です。美しくなりたい女性が訪れるところです。

 

中津宮」へ続く参道の両側には、江戸歌舞伎の「市村座」と「中村座」が奉献した一対の石灯籠があります。

 

この「中村座」とは、私が育った文京区の白山にありました。

子供の頃には、祖母が「中村座」が好きなので、一緒に幾度も行っていました。

懐かしい思い出です。

 

「市寸島比命(いちしまひめのみこと)」のエンジーは感知されません。

 

その近くに―――

「水琴窟」とあります。

 

この説明文には

「日本庭園の装飾の一つで、水鉢の水を 地中に埋めた瓶の空間に雫(しずく)として流すと 反響した音を奏でます」

このように書かれています。

 

この水鉢の水を汲んで、雫(しずく)を流してみました。

しかし、今一つピンときません。

 

龍の口から出てくる「水」の波動は、特に良好な反応を示しません。

試しに、その「水」の波動を高めて行いましたが、いまいちの感は拭えませんでした。

 

「水琴の音のご神効」として、次のように書かれています。

 

【癒し効果】

水滴の音が自然の音である為、心地よい感じがもたらされます

【覚醒効果】

眠っている細胞を覚醒させ 活気づける効果をもたらします

【浄化効果】

周囲の周波数を上げます。

場が整うという現象を起こり 活性化され 「スッキリする」「気持ちがよい」と言った心身が浄化されるような感じがします

【運気上昇】

【マイナス要素を除く】

 

そして―――

水琴の音は 自然がもたらす音なので 人が持つ波長を刺激し 

「よく眠れるようになった」等プラス思考になる体験をした方が多くいらっしゃいます

 

この説明文の効験を、そのまま信じ込んで試してみた方が良いかもしれません。

「信じる者は、本当に救われる」からです。

 

しかし―――

震えるほどの感動するエナジーをまだ察知しません。

このままでは・・・・終われない・・・・そう思って、次の「奥津宮」を目指しました。

 

           つづく

 

            2022年6月28日記

 

箱根深澤銭洗い弁財天と江の島神社の探索 その1

《 箱根深澤銭洗弁財天と江の島神社の探索 その1 》

箱根深澤銭洗弁財天

 

 前回パワースポットの探索シリーズで、「沖縄シンポジウムで立ち寄ったパワースポット」「浅草七福神巡り」を紹介しましたが、それ以前に行っていた「箱根深澤銭洗弁財天」などのパワースポットの探索が抜けていました。

 

遅ればせながら、2020年12月28日に尋ねた「箱根銭洗弁財天」と「江の島神社」を紹介します。

 

本シリーズの「箱根のパワースポットを行く その1」で、「阿字ヶ池弁財天社」について書いています。

この時は、本来は「銭洗い弁財天」に行く予定でしたが、レンタカーで行きましたので、目的の弁財天には行くことが出来ませんでした。

 

それで、阿字ヶ池弁財天社」に辿りつき、意外なパワースポットの効力を感知して、十分な満足感を得ることができました。

しかし―――「深澤銭洗弁財天」に行っていないことが、心に引っ掛かっていました。

 

ここは、よく調べますと箱根登山鉄道の駅にあって、その近くを走る国道には、駐車できるスペースがないので、クルマでは行けないことが判りました。

 

それで、改めて小田急線の「箱根湯本駅」の現地に集合することになりました。

パワースポット探索の会のメンバー6人が揃いました。

 

箱根登山鉄道に乗り、最初の駅「塔ノ沢」に着きます。

箱根登山鉄道は、日本一の急こう配の鉄道で知られています。

 

「箱根深澤銭洗弁財天」は、この駅の構内から繋がっているのです。

「塔ノ沢」のホームから、入ることになります。

 

このホームに、入り口があります。

これでは、クルマでは行けないわけです。

 

「深澤銭洗弁財天」とあります。

 

「銭洗い弁財天」という名称は、全国に数多く存在するようです。

自分の「お金」を、そこの水で洗うと、何倍にもなって返ってくるという「金運アップ」の効験がある、と云われています。

 

清浄な「水」で、お金(お札と硬貨)を洗い浄化して、福徳を祈願することで、ご利益があるようです。

 

祭神は、「瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)」で、「水神」や「祓い神」、「龍神」「川神」で、「祓い戸四神」の一柱で、祓い浄める女神です。

 

箱根鉄道は大正8年に開業していますが、ここの塔之沢温泉に宿泊していた相場師の、松井証券創始者の松井房吉の夢枕に白蛇が現れたことがきっかけで、大正15年に小さな社を寄進したことで、ここの「深澤銭洗い弁財天」が創建されました。

 

深澤(深沢)の清流の流れるこの地に、「弁財天を祀るのが最適!」と考えたのだと思います。

 

この松井房吉は、第一次世界大戦後の大正9年3月15日、東京株式市場の株価大暴落(戦後恐慌に突入)の際、日本橋兜町(にほんばしかぶとちょう)でただ一人大儲けをし、巨万の富を構築したといいます。


毎週土曜に塔ノ沢温泉の老舗旅館「福住楼」で、常連の大スター・阪東妻三郎の向こうを張って派手に遊んだという逸話が残っています。

 

中に入ると―――

鳥居を超えて、正面に社殿(本宮)があります。

扁額に「深澤辨財天」とあります。

 

この本宮の社殿の前には、水場があって、「銭洗い」ができるようになっています。

 

ここは、それほどの波動ではないようです。

 

さらにその先に進みますと―――

「火伏観音」があります。

 

観音像と灯篭が置かれています。

その横に―――

「火伏観音」のお堂があります。

 

お堂の中は、扉が閉じられていますのでよく見えません。

波動は、高くないです。

 

さらに、奥へと進みます。

中宮」があります。

 

ここにも「深澤弁才天」とあります。

その隣には、石造りの祠があります。

 

中宮」の中です。

「弁財天」のエナジーを感知します。

石造りの祠の前には、「白蛇」の置物があります。

弁才天なので、「蛇」に関わりがあります。

 

やはり、それほど高い波動ではありません。

「ご挨拶」だけして、ここを通過して、「奥宮」を目指します。

 

ここには、なぜか「蛙の置物」が多く置かれています。

この蛙は少し不気味ですが、他の蛙は ほとんどが可愛らしい置物です。

 

 

奥宮に近づいてきますと―――

いくつかの「鳥居」を通過します。

 

ここからが、本当のパワースポットの領域に踏み込みます。

深澤(深沢)の水が流れています。

 

「水」の波動は良好です。

この「水」は、飲料にしてもいいようです。

 

「鳥居の柱」に、「神に選ばれし者」と刻印されています。

 

「そうか・・・ここを通過できるということは・・・・神に選ばれた者なのか・・・」という気にさせられます。

これを有難く受け取りました。感謝。

 

龍神の口から、水が流れ出ています。

こちらの「水」は、それほどの波動ではありません。

 

ペットボトルなどで汲んで飲むほどではありません。

 

この奥に―――

「奥宮」があります。

 

さすがに、ここの波動は高いです。

洞窟のようになっていて、中に引き込まれそうな感覚を覚えます。

ここに、ご祭神の「瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)」が祀られているようです。

その波動を感知します。

 

白蛇がおりますが、「弁財天」のエナジーはありません。

 

 

瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)」とは、「人の穢れを早川の瀬で浄める」と文献にあり、これは「治水神」の特性であるといわれています。

 

瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)」は、「天照大神」との関連が深く、「天照大神」を男性神とする場合では、その「皇后」であるという説もあります。

 

また、「天照大神」の「荒魂(あらみたま)」であるという説もあります。

伊勢神宮では、内宮に祀られている「天照大神」の「荒魂(あらみたま)」として、「瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)」が祀られています。

 

伊勢神宮では、常に「東」に「天照大神」の正宮が位置し、「西」に「瀬織津姫(せおりつひめ)」の正宮が位置しています。

これは、伊勢神宮の内宮に「天照大神」が祭られて、その「西」にある「荒祭宮」に「瀬織津姫(せおりつひめ)」が祭られているのです。

 

また、「瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)を祭神としている神社も、全国に点在します。

その一つである岩手県遠野市にある「早池峰神社(はやちねじんじゃ)」に、私は行っています(いずれ本ブログで紹介します)。

 

その「水を浄化する」神である「瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)のエナジーを、次の画像でさらに引き出します。

(この波動をコピーして、その上に飲料水を置いておくと、水道水でも浄化できると思います)。

この画像の上に置いた「水」は、浄化できるようです。

 

この「奥宮」の上には、高波動に満ちていました。



ここの波動は良好です。

ただし、「瀬織津姫大神(せおりつひめおおかみ)のエナジーではありません。

 



「奥宮」の鳥居から見た斜面です。

かなり高波動です。

 

この地に「銭洗い弁財天」を祭った意味が解ります。

清浄な「水」でお金を浄めることで、金運がアップするのも分かるように気がします。

 

我々も全員が、全硬貨と一万円札一枚を、深沢の清水に漬けて「運気向上」を願いました。

 

              つづく

 

           2022年6月21日記

 

 

神経切断の背後に潜むもの

《 神経切断の背後に潜むもの 》

 

 私が、人の調整を行うときによく遭遇するのが、「神経切断」です。

 

これは―――

神経の中を走っている「血管」が硬化して、切れてしまうものと思っています。

 

特に女性のクライアントでは、「膀胱の神経切断」がある方は、新規調整者の中では半分以上を占めるように思われます。

 

その原因には、いくつか要因が考えられますが、

まず

〇 尿を我慢する傾向が強いのではないか

と思われます。

 

尿の排泄を過剰に我慢するクセがあると、それが常態化してしまい、常に膀胱の神経組織にはストレスがかかります。

 

その結果、神経組織への過剰なストレスが積み重なって、神経切断」に至るのではないかと思っています。

 

もう一つは、

〇 降圧剤の悪影響で、神経内の血管にコレステロールがつまり、神経が硬くなって切れてしまう

このように、思われます。

 

昔は、「高血圧」というと、収縮期血圧が160mHgを超えた場合でした。

 

それが今では、135mHgを超えると、「高血圧」と診断されて、多くの方が血圧を下げるために、降圧剤を服用するになっています。

 

このために、製薬会社と医師にとっては、大きな収入源となっています。

 

この「降圧剤」は、副作用の温床となっているようです。

多くの方は、「降圧剤」は副作用をもたらす「クスリ」である、という認識が足りないように思われます。

 

とくに「降圧剤」は、服用することでコレステロールの数値が異常に高まることが知られています。

 

コレステロールそのものは、体内でも合成されるので問題はありませんし、昔のように「善玉コレステロール」や「悪玉コレステロール」といった迷信からは解放されてきています。

 

コレステロール」そのものには、今では「善玉」「悪玉」の相違はありません。

 

簡単に言えば、肝臓から出されるコレステロールは「悪玉」であり、肝臓に戻るコレステロールは「善玉」と呼ばれていました。

 

問題となるのは―――

血管の内部に傷がつきますと、血中のコレステロールが溜まり、動脈硬化を引き起こすことなのです。

 

動脈硬化」は、全ての成人病の大元になるものです。

動脈硬化」による「血流不全」が、万病を引き起こします。

 

そして、神経内部を走る血管にも、多量のコレステロールが溜まることで、「神経切断」が引きこされるように思われます。

 

それ以外にも、「神経切断」を引き起こす要因はあるかもしれません。

 

例えば、私はよく「胃の神経切断」に遭遇します。

 

この場合には、感情的なストレスのメンタル・ストレスの多い方は、要注意となるようです。

 

さて―――

 

これらの「神経切断」は、ほとんど医療機関では見出すことができないようです。

それは、「神経切断」はレントゲンやCTあるいは、MRIなどの画像には正確に映らないからです。

 

それ故、新型コロナ・ウイルスで重症化する患者の多くに、「左肺の神経切断」があって、そのために全身にウイルスが蔓延していることに、気が付かないように思われます。

 

「左肺の神経切断」があると―――全身にウイルスが蔓延します。

 

私は、TVで新型コロナ・ウイルスにより重症化する患者の映像を見たことがあります。 

3人の重症化した患者全員が、「左肺の神経切断」がありました。

 

「左肺の神経切断」には、胸骨側(内側)の神経が切断しますので、

〇 その部位の神経の全てを繋ぎます。

〇 全身に反応しているウイルスの全てを除去します。

 

これは、その場で対処はできます。

 

左肺の神経切断があると、左の肺では深く呼吸ができなくなります。

しかし、

全ての神経を繋ぎ、全身に蔓延したウイルスを除去すると、すぐに呼吸が正常にできるようになります。

 

さて―――

 

このように神経切断の要因と、具体的な対処について述べてきましたが、これだけでは、神経切断を引き起こす真の原因には至らないように思います。

 

そこで、神経切断を引き起こす「背後に潜む原因」について、考察しました。

 

以下、私の掴んだ原因についてのものです。

 

これ以外にも、まだまだ何かあるかもしれませんが、一つの解決要因として、参考までにお読みください。

 

これには、過去に私のところで身体の調整をした方で、膀胱の神経切断していた方を選び、その当時の状態にイメージでセットして、ある物質を十分な摂取をしてみました。

 

すると―――イメージの中ですが、神経切断の反応が低下するか、消滅しました。

 

イメージで与えたものは、「ビタミンC」です。

ビタミンCの大量投与で有名なのは、「ノーベル賞」を2回受賞したライナス・ポーリング博士です。

 

ポーリング博士は、大量のビタミンCを摂ることを推奨しました。

 

現在のビタミンC摂取では、一日100mgが基準値とされています。

だが、ポーリング博士は一日に2000mgから3000mgという大量のメガ・ビタミンを推奨しました。

 

これは、私の記憶が正しければ、ゴリラの研究からでした。

ゴリラが一日に摂取するビタミンCの摂取量から、ヒトに当てはめると、3000mgというメガ・ビタミンの量になるのです。

 

これは―――通常の野菜や果物からでは、補給できない量です。

サプリメントからの摂取です。

 

自然界から摂るビタミンCと、化学的に生み出すアスコルビン酸(合成ビタミンC)では、体内に入るとそれほど変わらないので、問題はないとされています。

 

一部では、アスコルビン酸(合成ビタミンC)は、問題があるとされていますが、それほど心配することはないように思います。

 

また、ビタミンCは人体では合成できないので、日々摂取する必要のあるビタミンです。

2000mg程度までなら、多量に摂取しても問題はないといわれています。

 

末期ガンの患者で、死を待つだけの人々に対する1976年の研究では、進行ガン患者100人に、毎日10グラム(1000mg)のビタミンCを与えました。

 

投与しなかった1000人との比較実験では、500日の時点でコントロール群は1000人全員が死亡しましたが、ビタミンC投与群100人中では、11人が生存していました。

 

最終的に、ビタミンC投与群は、コントロール群に比べて300日以上長く生きました。ガンにも有効なようなのです。

 

ビタミンCは、身体の防御力を高めて、多くのプロセスにも関与しています。コラーゲンをサポートし、結合組織を維持するなど、回復に寄与します。

また、植物由来の鉄の吸収をサポートします。

さらに、ビタミンCには強い還元作用もあり、若さを保つのにも必要となるものです。

 

高齢になるほど、白内障になります。

80歳を超えると、ほぼ全員が白内障になるともいわれています。

 

この白内障は、ビタミンCの不足から引き起こされます。

つまり、大多数の高齢者は、ビタミンCが不足しているのかもしれません。

 

ついでながら、今の新型コロナ・ウイルスの防御対処にも、ビタミンCは有効なようです。

 

ストレスのある生活を続けていると、副腎からホルモンが大量に排出されます。

そのような疲労感を持って生活している場合には、

 

〇 ビタミンCは、一日に数回に分けて摂取することをお薦めします。

 

ついでに言いますと、メガ・ビタミンを推奨して、自らも多量のビタミンCを摂取していたポーリング博士は、93歳でガンで亡くなっています。

 

多量のビタミンCを摂るには、ビタミンEの摂取がまた、必要となるようです。

ビタミンEは、若さを保つためにも必要とされています。

 

ビタミンCは水溶性(水に溶けるタイプ)のビタミンで、水溶性の活性酸素(酸素の毒素)から身体を防御します。

ビタミンEは脂溶性(脂に溶けるタイプ)のビタミンで、脂溶性活性酸素(酸素の毒素)から身体を防御します。

 

つまり、ビタミンCとビタミンEの両者を摂ることが、推奨されることになります。

 

 

                  2022年6月14日記