《 日本最古のパワースポットを行く 》
三輪山登拝その1
2017年12月10日から11日にかけて、奈良に行きました。
「大神神社(おおみわじんじゃ)」については、本ブログで紹介しています(
日本パワースポットその1「大神神社」)。
このときは、年老いた母親を伴っていましたので、とても三輪山の登拝はできませんでしたので、心残りだったのです。
さらに「石上神宮(いそのかみじんぐう)」は、名称からも高波動であることが感知されますので、一度行きたいと思っていました。
12月10日の早朝に出て、品川の新幹線乗り場に向かいました。
がーーー、途中で山手線が30分以上も立ち往生して、駅について猛烈なダッシュで乗り場に向かいました。
すでに電車はホームに入っていて、間一髪で間に合いました。
これには、嫌な思い出があります。
以前、恩師の故窪田登教授のいる倉敷に行ったときに、セットの新幹線チケットがあり、指定の電車に乗り遅れたことがありました。
仕方なく自由席で行ったのですが、検閲に来た車掌に、
「これは無効です。全額お支払いください」と冷酷に告げられてことがありました。
この二の舞を踏むのか、と危惧したのですが、間に合ってよかったです。
奈良に着いて、レンタカーを借りて、大神神社を目指しました。
かって、この地を治めていた「卑弥呼」が存在していて、太古の昔から ここを聖域としていたようです。
「卑弥呼」は女性のシャーマンで、3代に渡って存続していたーーーともいわれています。
大神神社の手前に、久延彦神社(くえひこじんじゃ)がありました。
その名称から波動が良好なようなので、まずここを訪ねました。
久延彦神社(くえひこじんじゃ)への参道。
ここはそれほど良好ではありません。
鳥居の内側から、「結界」が張られていて、良好な波動が伝わってきます。
本殿内部。神棚はそれほどでもありませんが、ここの空間は良好です。
久延毘古命の正体ですが、なんと案山子(かかし)です。
ただ立っていることしか出来ない案山子ですが、常に世の中を見渡している事から、なんでも知っている智慧の神様として信仰されています。
古事記にもこんな逸話が残っています。
しかしこの久延毘古命だけは、その神様が少彦名命であることを知っていて、大国主命にお教えになられました。古事記に「足はあるかねど天下の事を、尽に知れる神と記されている神様」と記されている知恵の神様なのです。
たしかに「智慧の神様」なのか、境内には合格祈願の絵馬が多かったのです。
受験生が拝む神様のようです。
「狭井神社(さいじんじゃ)」の境内の池
受付は2時までと聞いて、急ぎました。
「初めてですか?」「初めての方には、説明します」
このように云われて、長々と説明を神妙に聞き入りました。
「一切の写真撮影はできません」とも言っておりました。
が、ブログに載せる記事のために、その禁を犯しました。申し訳ありません。
登拝登り口
ここから参拝がスタートします。
眼下に神社本殿が見えます。
「三輪山参拝証」を頸からぶら下げて登ります。
登拝の途中にある 立ち入り禁止のエリア。
また国の守護神である一方で、祟りなす強力な神ともされています。
三輪山全体を覆うようにとぐろを巻いて鎮座しているーーーと、いわれています。
この途中にある禁足のエリアは、「大物主神(オオモノヌシノカミ)」というよりも、その眷属神が鎮座しているように思われます。
もし・・・・禁を犯して、この「禁足の地」に立ち入ると、身体がもの凄く歪みます。
立っているのさえ辛くなるほど、猛烈な波動にやられてしまいますが、不思議なことに、裸足で立ち入るのであれば、身体は歪まないようです。
三輪山では、幾人もの「裸足でご登拝する人」とすれ違いましたが、彼らは受け入れられるようです。
元々は「禁足の地」で、登拝には白装束でなくてはなりません、との説明も受けました。
裸足で登拝する方々をチェックすると、驚いたことに一様に体軸が良好なのです。
この「立ち入り禁止」のエリアには、体軸の正常な私自身が、イメージで入り込むと、即効で軸が乱れます。
しかし、裸足になって入り込むのであれば、軸の乱れは起こりません。
霊山としての 厳粛なルールを思い知らされました。
禁足のエリア
このような途が続きます。
このときに、配偶者(高齢者)が足が遅く、体軸をチェックすると乱れていました。
やはり・・・この地は 女人結界が張られている「禁足の地」であることが、確認されました。
どこから・・・女人結界が張られているのか?
どうやら、途中にある「滝」(三光の滝舎)あたりから、女性はグッと体軸が乱れるように思われます。
ただ、裸足で下ってくる高齢の女性がいて、その方の軸は安定していました。
その方は、登りの時にも、「滝」を過ぎても良好な波動を維持していたように思われました。
もしかしたら・・・・ある思いが蘇ってきました。
容量の関係で、次回に「つづき」ます。
2017年12月31日記