《 ミステリーツアーの旅 3 》
伊勢神宮から熊野へ その3
熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)から「鬼ヶ城」へ
ツアー3日目は、まず熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)に行きました。
ここは、私は3回目の訪問になります。
熊野三山の一つで、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とします。
境内地は国の史跡「熊野三山」の一部、世界遺産に指定されていて、「大峯奥駆道」の一部となっています。
熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は、新宮市にありますが、本来の「神」が降臨したのは、その摂社となる「神倉神社」にあります。
熊野大神が熊野三山として祀られる以前に、熊野古道中の古道といわれる「天ノ磐盾」と俊崖の聖地にある「ゴトビキ岩」に、降臨したと伝わります。
つまり、摂社である「神倉神社」(古宮)に対して、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は「新宮」とも云われています。
この聖地には、私は行っていないので、ぜひ一度は訪ねたいと思っています。
(画像はネットから転載しています)
この神社の石段は急勾配なので、「ご年配の方、踵の高い靴や酒気帯びの方は、下の鳥居で参拝ください」との注意がなされています。
梛(ナギ)の大樹
梛(ナギ)の御神木は、高さ20M、幹回り6M、推定樹齢1000年の我が国最大のものです。
熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)
ここから入ります。
熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神としています。
ここには、第一殿から第十二殿まであります。
第一殿には、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)が祭神で、本地仏は千手観音とされています。
第二殿には、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)が祭神で、本地仏は薬師如来とされています。
このように12殿まで、神道系の神々が祭神となっていますが、密教系の仏尊も本地仏となっています。
本地仏とは、平安時代に始まり、神も仏や菩薩も 根本は同体であるという考え方から、神に菩薩や仏と共に祀っています。
境内はこのようになっています。
本殿などは、かなり波動は高いです。
本殿の内部です。
ここは第一殿で、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)の祭神が反応します。
ですが、本地仏である千手観音は反応していません。
見えませんが、この奥に超高波動の反応があります。
それが・・・・どうやら、祭神の天之御中主神様のようなのです。
団体の観光ツアーですので、時間が十分にありませんので、簡単にお詣りをして、感謝を捧げました。
「新宮神社」とあります。
ここも良好な波動です。
どうやら国常立大神(くにとこたちのおおかみ)様のように反応します。
この後で「鬼ケ城」を回りました。
ここは平安時代、鬼と恐れられた海賊・多娥丸(たがまる)がこの地を根城にしていたことから「鬼の岩屋」と呼ばれていましたが、室町時代に有馬忠親が山頂に城を築いて以降、鬼ヶ城と呼ばれるようになりました。
熊野の「鬼ケ城」は、日本百景の1つで(国の名勝及び天然記念物)、世界遺産熊野古道にも登録されています。
「鬼ケ城」は、東西に入り口があり、約1キロの海岸沿いの途が続きます。
通常は40分ほどかかります。
途中に「千畳敷」や「猿渡り」あるいは「神楽岩」などの名称がつけられています。
遊歩道を進みます。
浸食された海岸に造られた遊歩道です。
この先に猿さえ登れないという絶壁の「猿戻り」があります。
途は整っていて、高齢者でも歩けますが、ツアー団体の同行のメンバーは、次々と途中で引き返していきました。
「鰐岩」「犬戻り」や「飛渡り」「鬼の洗濯場」などの名所もあります。
我々の後を追ってくる方もいました。
自然の織り成す絶景ですので、我々はさらに先まで進みました。
この先もまだまだ続きますが、「波切不動」までは行く時間がなく、新年1月で少し寒いので、暖を求めて観光センターまで引き返しました。
こうして、このあと「御城番屋敷」を見学して、名古屋で新幹線のグリーン車に乗車して、今回のミステリーツアーの旅を終えました。
了
2020年10月6日記