生命体エナジー浄化の会ブログ

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ニコラ・テスラ 宇宙人交流説 その1

ニコラ・テスラ 宇宙人交流説その1 ≫
 
大天才と呼ぶにふさわしい人物ですが、謎の死をとげたといわれています。
 
1943年1月に ニューヨークのマンハッタンのホテルで、人知れず亡くなっていたといわれます。
 
その死には 米国当局によって殺害された―――とのうわさもあります。86歳でした。
 
その死の直後、FBIの捜査官たちが 重要な機密文書の一切を持ちだしてしまった、というのです。
 
数トンに及ぶとされる発明品、設計図は、「アメリカ軍」と「FBI」が没収した―――とされています。
 
また、ユーゴスラビア(母国)を通じて、「ソ連」にもその情報がもたらされた―――とも いわれています。
 
実際には、FBIに押収されてコピーされた後、母国に返還された、といいます。
 
原版は ベオグラードの「ニコタ・テスラ博物館」に保管されて、2003年にユネスコの「記憶遺産」に登録されているようです(全てが返還されたかは定かではないようです)。

一方、彼の葬儀がとり行われた教会堂でも奇妙な事が起っていた、といわれています。

しめやかな弔辞を述べられている最中に、突如まばゆいばかりの太陽光線が天窓を貫き、棺を光の衣で包んだというのです。

会葬者達は思わず息をのみ、棺は神の祝福を受けたかの様に清らかな光を発し、教会堂は荘厳な光で満たされた―――と 言われています。

そして後日、葬儀中の教会堂内を写した写真を見ると、何れも教会堂内部を隅々まではっきり映し出しているにも関わらず、会葬者達の姿は全て輪郭が呆けていた、というのです。

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ニコラ・テスラの研究は、人類を救う大構想を持っていました。
 
テスラは 自分は誰かに殺されるのではないかと、おびえていたといわれています。それは―――
 
巨大な企業の収益を無にしてしまうほどの構想であったが故に、抹殺させられてしまうかもしれないという 不安のようでした。
 
憶測では・・・・たしかに巨大な組織に抹殺された―――ともいわれているのです。
 
 
ニコラ・テスラは1856年にクロアチアに生まれています。
父母はセルビア人で、父はセルビア正教会司祭でした。
 
彼は雷雨の夜に生まれていますが、そんな夜に生まれるのは不吉だと言われたのに、母親は「この子は『光の子』になる」といったといいます。
 
実際に稲妻を見て、電気に興味をもっていたといいます。
 
グラーツのポロテクニック・スクールに在学中に交流電磁誘導の原理を発見し、就職後は二相交流による回転磁界の原理を考案しています。
 
その後(1884年)にアメリカに渡り、エジソンの会社に就職します。
しかし―――
 
直流電流の事業展開をしていたエジソンの会社の意に反して、テスラは「交流電流」を提案して、エジソンと対立します。その結果、1年ほどでクビになりす。

エジソンは、テスラの途方もない才能に気付きながらも 交流の使用を認めようとはせず、ことある毎に 交流の危険性を世界に呼びかけたといいます。

一方、テスラも、露骨なまでのエジソンの批判を撤回させる為に、交流の優位性、安全性を広く知らせる為のショーを催したりしたといいます。

天才エジソンに対して、「大天才」のニコラ・テスラの対立が生じたのですが、結果は―――
 
現在、テスラの主張する交流電流が主流ですので、エジソンが敗れ テスラが勝利しました。
 
アメリカに渡って3年後の1887年に、テスラ電灯社を設立して、独自に交流電流による電力事業を推進します。同年10月には交流電源の特許を受諾されています。

テスラの発明した交流発電機は、ナイアガラの滝の発電所に取り付けられました。また循環磁界を発見し、超高周波発生器を開発しています。

1891年には100万ボルトまで出力できる高圧変圧器を発明します。
その後トランスミッターを発明しています。 さらには「点火プラグ」も発明しています。
 
 
 
対立していたエジソンは、生涯に1300もの発明を行っていますが、その知名度は テスラよりもはるかに大きく、エジソンの名前は 多くの方が知っています。
 
しかし、ニコラ・テスラの名前は「テスラ・コイル」程度にしか知られていません。 
 
エジソンが下町の発明家であるとすれば、テスラは世界に誇る大発明家―――として対比されるほどであるのに・・・・です。
 
テスラは 
1912年にエジソンと共にノーベル賞候補とされた事から、彼は「エジソンと肩を並べる発明家」とみなす者もいますが、エジソン等とは比較にならない桁外れの尺度を持った発明家であった といわれています。

と云うのも、彼の見果てぬ夢であった「世界システム」という構想は、地球そのものの電気振動と共振(共鳴)して、莫大なエネルギーを殆どタダで、しかも無限に得る事の出来るものであったからです。

これは革命的な構想でした。しかし余りにも革命的であり過ぎたのです。
 
高エネルギーが地球上のどこからでも無限に得られるとなれば、当然、それまでエネルギー供給を独占した企業(メジャー又はロックフェラー系列(スタンダード石油))や国家の利益と真正面から対立する事になります。

これが現在、テスラの名が 殆ど抹殺同然にされるに至った 大きな事情であるとされる所以です。

さらにテスラには 「マッド・サイエンティスト」との名称もあります。

テスラが関わったとされる装置を列挙すると、「無線操縦装置」「殺人光線」「気象兵器」「反重力装置」「地球全体の照明装置」などがあります。

さらには「人工地震発生装置」「地球2分割破壊法」の考案などであります。

それ故、テスラは歴史上最大のマッド サイエンティストとも称されることになったのです。

これらの研究は一見荒唐無稽のものに思われますが、テスラの知的関心は極めて一貫したものだったのです。つまり、彼の興味は常に自然界のエネルギーを最大限に引出す事にあったのです。

テスラの見果てぬ夢であった「世界システム」という構想は、地球そのものの電気振動と共振(共鳴)して、莫大なエネルギーを殆どタダで、しかも無限に得る事の出来るものであったのです。

1905年に、J・P・モルガンの援助によって、ロングアイランドに 高さ57Mのタワーを完成させました。
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テスラが目指したのは「世界システム」という装置だったのです。

これを使えば、情報とエネルギーを無線で地球上のあらゆる場所に瞬時に送ることができる!まさに夢の技術でした。
 
もちろん、この世界システムにはテスラ・コイルが使われています。ところがこの実験は莫大な資金を食いつぶしたのです。
 
だが、タダで無限に供給できるエネルギー・システムが完成すると、エネルギー産業(石油系企業など)は、大打撃を受けてしまいます。
 
その後、研究の真の目的を察知した モルガンとの関係が悪化して、資金援助を断たれて、研究は頓挫します。

さらに アメリカ合衆国第一次世界大戦に参戦すると、1917年にタワーは標的にされるとの理由で撤去されたのです。
 
テスラが歩んできた途を振り返ると―――

ある冬の日、テスラは仲間たちと雪山に行きました。少年達は雪玉を斜面に投げつけ、それが転げ落ちながら雪を集めて大きくなるのを見て遊んでいたといいます。

ところが突如一個の雪玉が、斜面を転がる内に見るくる大きくなり、ついには一軒の家程の大きさになってしまったのです。

テスラを始め少年達は、信じ難い光景に茫然と立竦んでいたといいます。 テスラは考えました。

「どうしてあんな小さな雪玉があっと云う間にこれ程巨大な雪玉に成長 してしまうのか。自然界には何ととてつもないエネルギーがあるのだろうか・・・」

この経験はテスラに強い印象を残したといいます。

そして数十年の後に自分の研究所を持ったテスラは、漸くこの少年の日の疑問にじっくり取組み始めたのです。

テスラは、この自然界に潜む巨大なエネルギーをどうしたらそのまま取出す事が出来るだろうかと真剣に考えていたのです。

そんなある日、テスラは一人山の中を歩き回っていたときのことです。

空が厚い雲で覆われだし、吹雪になりそうな気配が漂ってきたといいます。
テスラは雨の当たらないところに避難して、怪しげな空を見上げていました。

しかし、空は殆ど真っ暗にも関わらず、雨はなかなか降り出さなかったのです。

その時突然、空に一閃の稲妻が走り、その途端、堰を切ったように豪雨が降りだした―――というのです。

この観察から テスラは重大な直観(インスピレーション)を得たといいます。

稲妻の電気的なエネルギーが、豪雨を引き起こす引き金になったの観たテスラは、もし自然界のエネルギーの引き金になる電気的効果を見出すことができれば、地球全体の環境を変えることさえできるだろうと、考えたのです。

そうすれば、砂漠を水で潤すことも、湖や川の造成も、驚くほど簡単になるはずです。

こうしてテスラが取組み始めたのが、「拡大送信機」と呼ばれる高エネルギー発生・送信装置の開発でした。

拡大送信機は高周波振動の電気的共鳴を利用して、巨大な電圧を発生させる装置であり、ニューヨークのテスラの研究所では400万Vの高電圧の発生に成功したというのです。

後にニューヨークの研究所が焼け、コロラドに新たな研究所を設けたテスラは、そこで更に大がかりな拡大送信機の実験に取組みました。

ここでテスラは1200万Vに達する電圧を発生させる事に成功したのです。この拡大送信機が凄まじい放電の火花を飛ばす傍らで平然と読書するテスラの画像は、有名です。

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拡大送信機は、高周波振動の共鳴にする増幅作用を用いたものであり、それは丁度、小さな雪玉が斜面を転がる内に巨大に成長するプロセスを電気的に行ったものであったのです。


だが、テスラの真の狙いはもっと遥かに壮大なものであったのです。

容量の関係で 次回に「つづき」ます。

                         2015年8月1日記