《 目黒不動12年に一度の御開扉 2 》
撮影禁止の本堂の内部は、その全ての像が「生きていました」
このようなことは、極めて珍しいと思われました。
参拝者も、確かにその恩恵を受けることになります。
12年に一度(酉年)だけの、期間限定の御開扉(ごかいし)に来て、「来た甲斐があった!」と、思わせるものでした。
各チャクラを意識しただけで、強烈に前方に引き込まれるので、身体が前に倒れこむようになります。
その昔、私がまだ未熟であった頃に、4次元の竜神に憑りつかれて、その当時の私では対処ができずに、右肩甲骨内側の違和感がどうしてもとれずに、悩んでいたことがありました。
狐系やヘビ系、あるいは動物霊などは簡単に対処していましたが、「竜神」は当時のレベルでは浄化しきれなかったのです。
目黒不動尊開創となる「慈覚大師円仁」像
私は、この慈覚大師像と同調しました。
このときには、全ての像が「生きていました」ので、不肖この私と同調したのです。
正面左側には、別の神名がありましたが、「降三世明王」様が反応します。
これについては、実はこの日(2017年10月25日)とは別に、沖縄パワースポット巡りの旅を計画していましたが、台風に直撃されて中止となったので、急遽 再び秘仏の見学にやってきました。
「オン・ニソンバ・バザラ・ウンハッタ」と繰り返していました。
「東」の結界を守護する明王でもあります。
本堂右側には、「虚空蔵菩薩」様が鎮座しています。
後日、これもメンバー二人に同調することになりました。
これを土佐の室戸岬の洞窟で修したという伝説があります。
「虚空求聞持法」とは、目や耳から入る全てのものを暗記する行法です。
正確に唱えると、脳の一部が活性化して、一度見たものは決して忘れることがなくなる、というものです。
昔の経典は、覚えるのが大変でした。
しかし空海は一度目にしただけで、終生忘れることがなく、膨大な経典のすべてを脳内に刻み込んだと言われています。
このブログを書いているファミレスで、小さな子供が二人いました。
脳をチェックしても、特に反応は示しません。
他の真言では、そのような反応を示しませんが、
「ノウボウ・アキャシャキャラバラオン・・・・」という御真言には、明らかに脳の一部が活性化するようです。
さて、 高波動の神気に包まれたまま、本堂を後にして、本堂の後ろに位置する「大日如来」像のあるエリアに行きました。
「大日如来」
天和3年(1683)に造られた銅像です。 かなり大きく立派なものです。
このときは「生きている」反応はありませんでした(後日、これは変化します)。
それぞれ「大日如来」を中心にして、外側を向いていて、結界を張る形となっていますが、「結界」はありませんでした。
そこには「毘沙門天」様が反応していました。
四天王の一尊で、武神・守護神だけでなく、財力の象徴にもなっています。
四天王として安置する場合には、「多聞天」とされることも多いとされています。
皇子の額と、この像が繋がっていましたので、これが同調したものと思われます。
後日 四天王の反応は全く違ったものとなりました。
この「地主神」は封印されています。
とくに高い波動は反応しません。
ですがーーー
封印を解き放ちますと、高波動エナジーが出現します。
高波動のエナジーが反応します(封印解放の画像)。
このとき固定しないと解りにくいですが、神気が浮き上がってきます。
「もともと神社があったところに、後からやってきた仏教が立派な寺を建ててしまった」ということのようです。
ですが、なぜ正中ラインにあるのかーーー
この土地を、本来的に守っている産土(うぶすな)の神に敬意を表しているからと思われます。
産土(うぶすな)の神は、この土地の土着神で、この地域の「氏神(うじがみ)」とは異なります。
氏神とは、その一族を守護する神で、本来的には、その土地を守る産土(うぶすな)の神とは異なります(今では同意として扱われることも多いようです)。
封印を解きますと、「国常立大神(くにとこたちのおおかみ)」様が反応します。
なぜエナジーが反発するのか・・・・これについては、「産土の神」として、このあたりの土地を守護していたのに、最初に許可を求めずに寺院を創建したことにあるのかもしれません。
それがために、崖崩れなどの災害に見舞われたので、「産土の神」(地主神)として、改めて祀ったと反応します。
前回紹介しました「独鈷の滝」のある対面の斜面の一部に、良好なエリアがありました。 ここが「産土の神」(地主神)と反応するのです。
そして、やむなく「地主神」として、正中ライン上の要所に「封印した」ものと、判断しました。定かではありませんが・・・・。
この日(2017年10月25日)の後、10月28日から「沖縄パワースポットの旅」を計画していましたが、台風直撃の影響で中止となりました。
その前日には、アジャリンコとカネゴンは、メンバーの家に宿泊していて、早朝の出発に備えていました。
が、前日に飛行機が飛ばないと連絡が入りました。
するとーーー
タッキーから「それじゃあ、もう一度お不動様を見に行きましょう!」と誘われました。
つづく
2017年11月30日記